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02 — 神迎

神無月に、
出雲だけが神在月。

旧暦十月、日本の多くの土地では「神無月(かんなづき)」と呼ばれるこの月を、出雲だけは 「神在月(かみありづき)」と呼びます。全国の神々が出雲に集まるため、他の土地からは神がいなく なる――そう語られるこの言い伝えは、今も稲佐の浜での神事として、実際に受け継がれています。

月の下、篝火を焚いて神々を迎える神迎神事の様子
月明かりの下で行われる神迎神事

言い伝えの骨子

神無月に神様がいなくなる、という民間の言い伝え。

「十月には全国の神々が出雲に集まるため、他の地域では神がいなくなる」――これが、神無月・神在月を めぐって広く知られている言い伝えです。出雲以外の地域ではこの月を「神無月」、神々を迎える出雲では 「神在月」と呼び分けます。

ただし、これはあくまで中世以降に広まった民間語源であり、「神無月」の「無(な)」は本来「~の」を 意味する古い格助詞(連体助詞)で、「神の月」を意味するという説が国語学的には有力とされています。 神々が出雲に出かけて留守になるから「神無月」だ、という語りは、実際の語源というより、この時季に 出雲で行われる神事の存在感が、後づけで広く知られる説明として定着していったものと考えられます。

語源と信仰は別のもの: 「神無月」の語源そのものと、「出雲に神々が集まる」という 信仰・伝承は、別の話として区別して理解するのが適切です。語源説には諸説ありますが、出雲大社で 実際に神在祭が執り行われているという事実そのものは、現在まで続く信仰の実践です。

浜辺で神々を迎える

神迎神事――竜蛇様とともに、稲佐の浜から。

旧暦十月十日の夜、出雲大社の神職や氏子たちは稲佐の浜に赴き、篝火を焚いて神々の来臨を待ちます。 「神迎神事(かみむかえしんじ)」と呼ばれるこの神事では、龍蛇神(りゅうじゃしん)の使いとされる 「竜蛇様(りゅうじゃさま)」――海を渡ってくると信じられてきたウミヘビ――を神々の先導役として 迎える、という信仰が伝えられています。

迎えられた神々は、御神火(ごしんか)とともに「神迎の道」と呼ばれる参道を通って、稲佐の浜から 出雲大社の境内へと進みます。境内に入った神々は、拝殿の左右にある「十九社(じゅうくしゃ)」という 長い社殿に滞在するとされ、この期間、十九社の扉が特別に開かれます。

白装束の神職たちが境内を参進する様子
神事にのぞみ境内を進む神職たちの行列
建御雷神とのつながり: 稲佐の浜は、前ページで見た国譲り神話において建御雷神が 降り立ったと伝わる場所でもあります。国譲りの神話が語る舞台が、そのまま神在月の神事の舞台にも なっている点は、この地に伝わる信仰の連続性をよく示しています。
白い装束をまとった神職たちが浜辺に並ぶ様子
神迎神事にのぞむ神職たち稲佐の浜
とぐろを巻く竜蛇神が描かれた掛軸「大社龍蛇神」
竜蛇神を描いた掛軸「大社龍蛇神」

神々は何をしに来るのか

上宮での神議り――縁を結ぶ、会議。

出雲大社の境内、本殿の背後の小高い場所には「上宮(かみのみや)」と呼ばれる小さな社があります。 神在月の間、全国から集まった神々はこの上宮に集まり、「神議り(かみはかり)」と呼ばれる会議を 開くと伝えられています。この会議の議題こそが、人々の「縁」――男女の縁だけでなく、さまざまな 人と人、人と事とのめぐり合わせ――を話し合うものとされ、出雲が古くから「縁結びの地」として 信仰されてきた理由の一つとなっています。

なお、神在月に神々が集まるとされるのは出雲大社だけではありません。出雲市の南、松江市鹿島町に 鎮座する佐太神社(さだじんじゃ)でも、独自の神在祭が執り行われており、出雲地方全体に神在月の 信仰が広く根づいていることがうかがえます。

一週間のならわし

神迎えから、神送りまで。

旧暦10/10 夜

神迎神事

稲佐の浜で神々を迎え、御神火とともに神迎の道を通って出雲大社へ。

旧暦10/11〜17

神在祭(お忌みさん)

境内で神々が神議りを行うとされる期間。周辺では静粛を尊ぶ「お忌みさん」の習わしも伝わる。

旧暦10/17

神等去出祭(からさでさい)

神々が出雲大社を離れ、他の神社へ向かうとされる祭事が執り行われる。

旧暦10/26

万九千神社での神等去出祭

出雲市斐川町の万九千神社(まくせじんじゃ)で、神々が最終的に出雲を離れるとされる祭事が行われる。

日程は旧暦で決まる: 神在祭・神迎神事の日程は旧暦(太陰太陽暦)の十月十日を基準に 毎年決められるため、新暦(現在のカレンダー)では年によって時期が前後します。訪問を計画する際は、 その年の出雲大社公式サイトで日程を確認することをおすすめします。

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これほどの神々を迎える社殿は、どれほどの大きさだったのか。

全国の神々が一堂に会するとされる出雲大社。その社殿は、平安時代の記録によれば当時の日本で 最も高い建物だったと伝えられています。神話と信仰が息づくこの社殿の、知られざる古代の姿を 次のページでたどります。

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